若松孝二監督 寺島しのぶ キャタピラー スペシャルインタビュー

若松監督は、なぜ、この作品を作ろうとお考えになったのですか?
若松 前作の「実録・連合赤軍あさま山荘への道程」を撮影している時に考えたのです。「私が映画として撮った若者たち、権力と闘うために深い雪の中を黙々と歩き続ける若者たちは、いかなる理由があって、こんな辛い訓練に耐えているのだろうか」と。その理由の中には、彼らの親たちの世代が行った戦争の愚かさ、そして、その戦争を忘れ、経済の発展だけを目指す、当時の日本国家への怒りもあったのではないかと考えました。ならば、その戦争の愚かさを描く映画を、今度は作ろうと思ったのです。日本の歴史をとらえるという観点からすれば、「キャタピラー」を前作よりも先に作らなければならなかったのかもしれません。
戦争の愚かさを、どのように描こうとお考えになったのでしょうか?
若松 私の映画の作り方では、戦場で戦闘が行われる様子をそのまま描くような派手な映画は、予算がかかり過ぎて作ることはできません。それより、男たちを戦場へ送り出して残された女性たち、それも大都会ではなく例えば農村に残された女性たちの姿を通して、戦争がいかに愚かなことであるか描いてみようと考えたのです。いかなる戦争であれ、正義のための戦争というのは存在しません。どんな理由をつけようと、戦争はただの殺人です。そして戦争が起こった時、最も苦しむのは、政治家や兵士ではない。子どもたち、さらには女性たちです。戦争によって、女性がどれほどの苦しみを押しつけられるのか。それを描いたのが、この「キャタピラー」という映画です。
戦争によって女性と子どもが残された日本の農村をリアルに描くために、新潟で撮影することをお考えになったのでしょうか?
若松 先の戦争当時、私自身が子どもでした。私は宮城県の生まれですけれど、そのころ起こったことを当時の情景とともに記憶しています。その記憶を映画に生かすためにも、当時の情景に重なる景色が今も残る新潟で撮影することを決めました。私の郷里に棚田はありませんでしたが、棚田が連なるような日本的な美しさを持つ情景の中で、悲惨なことが起こる。それを映画に撮ることで、戦争がいかに愚かなことであるかを描こうと考えたのです。
そうした新潟県の情景が、寺島さんの演技にも何かしらの影響を及ぼしたでしょうか?
寺島 棚田が連なる情景の一部分に私自身がなることで、主人公のシゲ子を本当に自然に演じることができたと思います。屋内のシーンもセットを組んだわけではなくて、今も残っている古い民家を主人公たちが暮らす家に見立てて撮影したので、家にも自然な演技を助けてもらったことになります。撮影したところの皆さんにも、お願いしていないのに、毎日お昼ごはんに山菜の天ぷらを差し入れていただいたり、本当によくしていただきました、感謝しています。そういえば、私は新潟に何かご縁があるみたいなんですよ。以前、やっぱり新潟で撮影した「ヴァイブレーター」でも映画賞をいただいたし、今度もベルリンで賞をいただきました。新潟では私の特別な力が発揮されるのかもしれませんね(笑)。
ベルリンで賞を受けたのは、監督のこの作品に賭ける熱意を感じられたからでもあるのでしょうか?

寺島 それはもう。初めて脚本を直接いただいた時から…。

若松 私が手直しした脚本をお渡ししたんですよ。最初の段階からいろいろ鉛筆で書き込んで、手を加えた脚本をそのまま。印刷し直すのはもったいないですから(笑)。

寺島 そのたくさんの書き込みがある脚本を読んで、この作品に対する監督のお気持ちが分かる気がしました。

寺島さんが若松監督の作品に出演されたのは「キャタピラー」が初めてですが、実際に撮影が始まってからも監督のエネルギーを感じられましたか?

寺島 監督は、俳優の状態を本当によく見ていてくださるんですよ。俳優が本当に集中できている時を見極めて、その状態をとらえて撮影をスタートさせる。だから最高の演技を、しかも時間をかけずに撮ることができるんです。最近の映画では、撮影した後で映像を加工できる技術が進んでいますから、例え俳優が50パーセントの力しか出していなくても、それを100パーセントの演技に見せることはできるんですよ。それに、何度もリハーサルを繰り返していると、その中で俳優というのは力を加減できる。ペース配分が自分でできてしまうものなんです。でも若松監督との撮影では、そういうものが必要ではありません。自然に集中できるので、いつも俳優は感情の鮮度が100パーセントで演技ができるんです。

若松 俳優さんばかりではありません。私が監督する映画を作るために集まってくれるスタッフたちも、いつも本当に集中してくれていますよ。カメラや照明、美術、そのほかかかわるすべての人たちが。だから、いい映画を、無駄な時間や予算を費やすことなく、作ることができる。それは撮影に協力してくださった、新潟県の皆さんも同じです。本当に感謝しています。感謝といえば、寺島さんには、この作品の撮影では、随分無理なお願いもしました。メークや衣装のスタッフもつけることはできないので、準備も全部ご自身でお願いしたんです。それであれだけ、皮膚感を感じさせる演技をやってくださった…。

寺島 監督だって、すべてご自分でおやりになっているんですから。撮影の段取りに始まって、その日の撮影が終わると、監督ご自身が私たちを宿舎まで、車で送ってくださるんですよ。普通の監督なら、アシスタントに任せてしまうことも、すべてご自身でおやりになる。その上、出演者やスタッフの状態も、本当によく見ていてくださるんですから、俳優が集中しないわけにはいきません。

若松 とにかくこの映画は、寺島しのぶさん抜きには考えることができません。今の日本で、ということは世界でということでもあるのですが、これほど「もんぺ」が似合う女優さんはいないと、私は思っていますから(笑)。

寺島 自分でも、そう思います(笑)。

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刈羽村油田ひだまりの里

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長岡市比礼地区

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柏崎市高柳町荻ノ島地区

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独特の視点で問題作を発表し続ける若松孝二監督が、戦争の愚かさと悲しみを描いた反戦ドラマ。第二次世界大戦に出征した久蔵は、四肢を失い、顔面が焼けただれた無残な姿で故郷の村へと戻る。首に勲章を提げられ、「生ける軍神」としてあがめられる久蔵。妻のシゲ子は、戸惑いながらも軍神の妻として自らを奮い立たせ、夫に尽くすが…。

製作・監督:若松孝二
出演:寺島しのぶ、大西信満、吉澤健、粕谷佳五、増田恵美、河原さぶ、ARATA、篠原勝之ほか
配給:若松プロダクション/スコーレ株式会社
公式HP:http://www.wakamatsukoji.org
©若松プロダクション